大阪高等裁判所 昭和31年(う)921号 判決
検事は、原判決は被告人が所轄警察署長の許可を受けないで(一)昭和三十年七月六日(二)同月八日(三)同月十日露店を出したという三個の公訴事実に対し、被告人は所轄警察署長の許可を受けないで昭和三十年七月六日頃から同月十日頃迄の間ひきつづき露店営業をしたと一個の事実を認定した。しかしながら、犯罪の個数は社会通念に従つて決定すべきものである。本件は同一機会に接続して行われたものではなく、本件各行為により交通の安全を害された通行人も別異であるから社会通念上独立の犯罪である。しかるにこれを包括一罪と認めた原判決には法令の解釈に誤があると主張する。
しかして、本件の事実関係は原判決挙示の証拠によると、本件現場は宮前商店街の一角であつて、同商店街の各店舗が道路を不法に使用している実情にあるのであるが、被告人の母は昭和二十三年頃土地家屋周旋業宮前商会の店先で露店式の八百屋の出店を開き、その後引き続いて同所で右営業を営んでいたものであるが、昭和三十年三月頃から隣家の中村衣裳店に頼んでその軒を延長してもらつて出店を拡張し且つこれに毎月家賃に相当するものを支払うようになり、同年五月頃から被告人が営業主となつてその営業継続するようになつたこと、本件の現場が道路の曲り角にあたり且つその出店の状態が右拡張後以前に比べて更に道路上に出張り目立つようになつたので、警察側から以前に母親がやつていた当時の線まで引つ込めるよう再三警告を受けたのに被告人においてこれに応じなかつたので洲之内巡査が昭和三十年七月六日、八日、十日の三回にわたつて被告人を検挙したこと、被告人は出店をやめる意思がなかつたので七月八日、九日、十日とつづけて営業していたことが認められる。なお昭和三十年七月八日付被告人の司法巡査に対する供述調書によると被告人は「商売をやめると私は食えなくなります、一家四人が首を吊らねばなりませんので如何に注意されても続けてゆきます」と述べている。
以上の事実関係からみると、被告人は特定の場所と設備を利用して同一の営業を継続していたものであることが明らかである。道路交通取締法第二十六条第一項第三号は、道路に露店屋台店等を出そうとする者は警察署長の許可を受けなければならないと規定し、同条に違反して許可を受けないで露店を出した者は同法第二十九条第一号によつて処罰される旨定められている。
従つて本件の犯罪は警察署長の許可なくして道路に露店を出すことによつて成立するのであつて(しかも、その許可は露店を出す都度受けるものではなく、特定の露店営業には一定の期間継続して与えられるものと解すべきである)、検事所論のように通行人の個々の交通妨害をその成立要件とするものではないのである。本罪の成否を論ずるために通行人の交通を妨害したか否かは何の関係もないことである。被告人は警察署長の許可を受けないで道路に露店を出したため三度右のように検挙せられたのであるが検挙の回数によつて犯罪の個数が決まるわけでなく、警察署長の許可なくして同一の営業を継続すればこれを一個の犯罪と認めるのが相当である。
(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 網田覚一 判事 小泉敏次)